凡例


 一、この翻訳はジルベール・シモンドンGilbert Simondonの『心的と集団的個体化』の新版(L'individuation psychique et collective (Paris, Aubier, 2007))に寄せられたベルナール・スティグレールBernard Stieglerの序文「思考の不安な異邦性とぺネロペーの形而上学」(L'INQUIETANTE ETRANGETE DE LA PENSEE ET LA METAPHYSIQUE DE PENELOPE)の部分訳である。訳題改変と小題は訳者によるものである。

 二、シモンドンの『心的と集団的個体化』は今日多く「心的かつ集団的個体化」や「心的・集団的個体化」と訳されるが、今回のスティグレールの文章では「と」(et)が重要な鍵語であり、その意味合いを損なわないよう、この翻訳では例外的に上記のように訳す。
 三、本文中の註はすべて割愛した。重要なものは《解説》で触れている。

 四、引用文を示すイタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』。強調や引用を示す《》はそのまま用い、文中の大文字表記は〈〉に代えた。
 五、訳の方針は出来る限り読みやすくなるよう心がけた。そのため、一文一文が短くなり、「.」と「。」が正確に対応していない。注意されたし。


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「まあ、ぼくは放射能が怖くて逃げたわけですけど、それをまったく気にしない人もいるんですよね。見ているものが全然ちがう。日本人は“バラバラ”になっちゃったわけです」



◆ 4月24日の終演後、トークイベントも終わってロビーの壁に貼られていた岡田利規のインタビューをいくつか読んでいると、しばらくして当人が楽屋から現れ、知人らしき人たちと立ち話を始めるのが目に入った。つい先程まで快活にトークをこなし、いまも視線の先でしごく元気そうに喋っているチェルフィッチュの主宰者は、昨年の夏、家族と共に故郷の横浜から熊本へと住居を移したという。「疎開」/「避難」したのだ。

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 一、この翻訳はジルベール・シモンドンGilbert Simondonの『心的と集団的個体化』の新版(L'individuation psychique et collective (Paris, Aubier, 2007))に寄せられたベルナール・スティグレールBernard Stieglerの序文「思考の不安な異邦性とぺネロペーの形而上学」(L'INQUIETANTE ETRANGETE DE LA PENSEE ET LA METAPHYSIQUE DE PENELOPE)の部分訳である。訳題改変と小題は訳者によるものである。

 二、シモンドンの『心的と集団的個体化』は今日多く「心的かつ集団的個体化」や「心的・集団的個体化」と訳されるが、今回のスティグレールの文章では「と」(et)が重要な鍵語であり、その意味合いを損なわないよう、この翻訳では例外的に上記のように訳す。
 三、本文中の註はすべて割愛した。重要なものは《解説》で触れている。

 四、引用文を示すイタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』。強調や引用を示す《》はそのまま用い、文中の大文字表記は〈〉に代えた。
 五、訳の方針は出来る限り読みやすくなるよう心がけた。そのため、一文一文が短くなり、「.」と「。」が正確に対応していない。注意されたし。


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卒業制作を終えた三月中頃、きしわぎは大学の就職科にひょっこり顔を出してみました。
「もう卒業間近だし、そろそろ就職とかも考えなくちゃだよね!」と、なんとなく考えていたのです。そこで、きしわぎは目玉が飛び出るくらい驚きました。なんということでしょう!大学から紹介されている求人はすべて終っているじゃありませんか!
きしわぎは、必死に卒業制作の作品を作っている間に、大学生が"就職"できるチャンスであったはずの"新卒"のタイミングを逃してしまいました。さて、どうすればいいんだろう?きしわぎは三月の透き通る八王子の夕焼けに頭を抱えました。

でも、ちょっと待てよ?きしわぎは思いました。いままで会社に入って働くことなんて考えたこともなかったので、自分が何を仕事にすればいいのか全然わからなかったのです。

「世の中のオトナはみんな働いてるけど、どうやって仕事を見つけてるんだろう?」

これが、きしわぎの心に湧いた、仕事についての初めての疑問でした。

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いわゆるひとつのアラサーである。
個人情報を晒せば、今年で29歳。
二十代も終わりに近づいてきた。
よし、本田健の『20代にしておきたい17のこと』(だいわ文庫)を読むしかない。
とりあえず、そういうことにしてみる。

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 一、この翻訳はジルベール・シモンドンGilbert Simondonの『心的と集団的個体化』の新版(L'individuation psychique et collective (Paris, Aubier, 2007))に寄せられたベルナール・スティグレールBernard Stieglerの序文「思考の不安な異邦性とぺネロペーの形而上学」(L'INQUIETANTE ETRANGETE DE LA PENSEE ET LA METAPHYSIQUE DE PENELOPE)の部分訳である。訳題改変と小題は訳者によるものである。

 二、シモンドンの『心的と集団的個体化』は今日多く「心的かつ集団的個体化」や「心的・集団的個体化」と訳されるが、今回のスティグレールの文章では「と」(et)が重要な鍵語であり、その意味合いを損なわないよう、この翻訳では例外的に上記のように訳す。
 三、本文中の註はすべて割愛した。重要なものは《解説》で触れている。

 四、引用文を示すイタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』。強調や引用を示す《》はそのまま用いた。
 五、訳の方針は出来る限り読みやすくなるよう心がけた。そのため、一文一文が短くなり、「.」と「。」が正確に対応していない。注意されたし。


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2011年12月4日

風呂に入り、体に軟膏を塗り、湯たんぽを三つ作った。二つは妻が使う。わたしは残り一つの小さいものを使うが、夜中暑くなって布団から蹴り出してしまうこともままある。湯たんぽに使ったお湯の残りで、妻の同僚の韓国土産の菊茶を飲む。彼の国では、菊の花を煎じて飲む習慣があるらしく、面白いものだと思いながら、レッド・ガーランドの抑制的かつ端正なピアノの演奏に耳を澄ましていたら、まあ生きていても悪くないね、という気分になるもので、まったくお茶と音楽というのは偉大なものだと改めて思った次第。

しかし師走に入り、一段と冷え込んだり、暖かくなったりと、まったく気忙しいものである。とはいえわたしは自宅療養の身であるから、世間の動静にはとんと疎くなり、まあ、それでも世界は、地球は相変わらず回っているし、クラークの『幼年期の終わり』のように人類を超えた知的生命体が地球に飛来したという話も聞かないし、愛と憎しみとその中間くらいのあいまいな感情で先進国では労働者は生活に疲れており、アフリカではどんどん産まれる赤子が片っ端から死んでいっているのだなあ、と思う。何も変わらないと思うのは、家にこもっているわたしの心だけで、いわゆる客観時間があらゆる物事を少しずつ、しかし確実に変えていっているということはわたしも実は知っているが、今ひとつ実感に乏しいのはやはり毎日、幼児のように寝て暮らしているからだと思わざるを得ないきょうこの頃である。

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マネージャー「ねえ、みんな聞いて! わたし、きのう、ピーター・ドラッガーって人の『マネジメント』っていう本を見つけて、読んでみたの! とっても難しかったけど、部活のチームワークをよくする方法がいっぱい書いてあって、もし頑張れば、もしかしたら、甲子園にいけるかもしれない! みんな、この本を使って一緒に甲子園を目指そうよ!」

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