せっかくだから沖縄初日のことについて書いておこう。

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時すぎ、羽田空港発の飛行機に乗り、大体10時に那覇空港に到着。到着時の天候は悪く、多少小雨が降っていた。後で延々記すようになると思うが、僕が訪れた間中ずっと沖縄の天気模様は雨か曇りで、いわゆる常夏の島のイメージを与えてくれることは殆どなかった。雨が降るたびに、「沖縄アホなのか」と僕が考えたことはいうまでもない。後で聞くところによると、大陸の高気圧の張り出しに伴うその連日の雨は例年と比べても異常なもののようだったらしい。運の悪さに辟易である。 運易である。

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あるひとつの場所に馴染むと、その途端、その場所が窮屈で嫌になってしまう。この傾向はもう中学生くらいの昔から自覚があり、これまでの人生において、私はさまざまな場所、あるいは、関係性から逃げてきた。それは、あるときには学校組織であったし、あるときには会社組織でもあった。また、男女間の恋愛においても、それがあるひとつの成就となった暁には、私は非常に息苦しい何かを感じ、その関係性から自覚的に身を引いてきた。このような意味において、私の人生はある意味、逃走の連続のようなものだったと思う。そして、これからもそのような逃走は続いていくのだろう。

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 私が上京したのは1970年の4月だった。その上京については、当時の『読書人』か『図書新聞』に、過激な関西の高校生アナキストが東京へ跳ぶというような伝説的な記述があったが、まずは早稲田のアナキストが住む池袋の一軒家に投宿した。

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【幸福否定の研究とは?】


勉強するために机に向かおうとすると、
掃除などの他の事をしたくなったり、娯楽に耽りたくなる。
自分の進歩に関係する事は、実行することが難しく、“時間潰し”
は何時間でも苦もなくできてしまう。
自らを“幸福にしよう”、"進歩、成長させよう”と思う反面、
“幸福”や“進歩”から遠ざける行動をとってしまう、人間の心のしくみに関する研究の紹介。


~不思議な患者さんたち~

次の例も10年以上前に経験した患者さんの例の紹介です。(注1)

20代で精神分裂病と診断された(注2)40代の男性は、うつ症状で休職、復職を
繰り返していました。うつ状態で何度目かの休職中に、あと一カ月で復職しないと
仕事を辞めないといけない、と、後がない状態でご家族に連れられて来院しました。

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ボクシングジムについて②
 

前回ジム制度について説明した内容には、必ずしも正しいとは言えない記述がある。それは、ジム制度を「プロモーターやマネージャーなどを丸抱えし、プロボクサーの全権を握るジム経営のシステムの事である」と説明した箇所になるが、実はボクシングジムはその全てがプロモーターを抱えているわけではない。この事はJBC(日本ボクシングコミッション)のHPにある事業報告書を確認すれば一目瞭然である。この報告によると、2011年度に発給されたライセンスの数量はクラブオーナー276に対し、プロモーターは93しかない(マネージャーは384)。つまり、ボクシングジムの約三分の二にはお抱えのプロモーターがいない状態という事になり、ジム制度の説明として「丸抱え」という表現は必ずしも正しいとは言えないだろう。それにも関わらず訂正しなかった理由は、ジム制度をボクサーの視点から見るならば、「プロボクサーの全権を握るジム経営のシステム」という記述は間違いだとは思わないし、それには試合に出場する権利も含まれるからだ(つまり、興業のプロモートをしないジムも、選手のプロモート権限は持つわけだ)。

前回、「次回はボクシングジムへの同情的な視点を以て制度を見たい」と述べた。前回はボクサーからの搾取など不遇の例を紹介したが、ボクシングジムだって殆どが儲からない。

今回の議論の出発点は、「ジム制度の現状は、多くのボクシングジムにとっても負担の大きなものなのではないか?」という疑問である。

 

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 つい今しがた目が覚めたが、昨日からほぼ、ぶっ通しで20時間以上は眠り続けていた。むろん20時間以上も眠り続ける身体上の必要があったわけではない。あえていえば、眠り続けたいという心理的な理由によるのだろうか。だから人間が必要とする睡眠時間を除けば、残りは単に惰性で眠り続けた惰眠ということになるかもしれない。
 私は子供の頃から趣味は睡眠と思うくらい眠ることが好きだった。理由は、この現実は偽りであり、いずれ、そのことは明らかとなるだろうという漠然とした思いだった。この思いは、後に読むことになった埴谷雄高の『死霊』の言葉を借りていえば、私なりの「自動律の不快」によるものだった。つまり、子供の私は、私が私であることが不思議であり、理由が分からず、それは何なのかといつも思っていた。そのため、しばしば、意識が脳裏の中で遠くに退き、言葉を紡ぐ感覚が崩壊したようになり、自分がいる今の現実がガラガラと崩れ、ほんの一瞬だが記憶喪失のような状態になることがあった。そしていずれ私は、あるいは私という意識は、この私ではなく、現時点では誰かとしか言い得ない誰かと一体になるだろうと朧気に考えていた。

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 何故このコントはおかしいのか。一つの説明として、語り下手という人物定型を設楽統という芸人が見事に表現しているからだといえるだろう。語り下手、つまりは、物語を時系列順に並べることができないということ、結末(オチ)を先取りしてその未来との連関で初めて意味をもつ布石(フリ)を置くことを忘れてしまうということ、話の筋が細かい枝葉に拡散し収拾がつかなくなること、話のテンポが単調で場面場面での転調の技術をもっていないということ。

 確かに、私たちの日常生活においてこのような性格を備えた人物に出会い、そしてそのコミュニケーションに齟齬を感じることはしばしばある。その戯画化として、一応「怖い話」を分析することはできる筈だ。

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【幸福否定の研究とは?】


勉強するために机に向かおうとすると、掃除などの他の事をしたくなったり、
娯楽に耽りたくなる。

自分の進歩に関係する事は、実行することが難しく、“時間潰し”は何時間でも苦もなくできてしまう。自らを“幸福にしよう”、"進歩、成長させよう”と思う反面、“幸福”や“進歩”から遠ざける行
動をとってしまう、人間の心のしくみに関する研究の紹介。



~不思議な患者さんたち~

私が最初に修業に入った東洋医学系の治療院は、院長先生が気功もやるということで、
半分以上が癌の患者さんでした。

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