凡例


 一、この翻訳はジルベール・シモンドンGilbert Simondonの『心的と集団的個体化』の新版(L'individuation psychique et collective (Paris, Aubier, 2007))に寄せられたベルナール・スティグレールBernard Stieglerの序文「思考の不安な異邦性とぺネロペーの形而上学」(L'INQUIETANTE ETRANGETE DE LA PENSEE ET LA METAPHYSIQUE DE PENELOPE)の部分訳である。訳題改変と小題は訳者によるものである。

 二、シモンドンの『心的と集団的個体化』は今日多く「心的かつ集団的個体化」や「心的・集団的個体化」と訳されるが、今回のスティグレールの文章では「と」(et)が重要な鍵語であり、その意味合いを損なわないよう、この翻訳では例外的に上記のように訳す。
 三、本文中の註はすべて割愛した。重要なものは《解説》で触れている。

 四、引用文を示すイタリック体の文章は「」に置き換えた。書物題名は『』。強調や引用を示す《》はそのまま用いた。
 五、訳の方針は出来る限り読みやすくなるよう心がけた。そのため、一文一文が短くなり、「.」と「。」が正確に対応していない。注意されたし。


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2011年12月4日

風呂に入り、体に軟膏を塗り、湯たんぽを三つ作った。二つは妻が使う。わたしは残り一つの小さいものを使うが、夜中暑くなって布団から蹴り出してしまうこともままある。湯たんぽに使ったお湯の残りで、妻の同僚の韓国土産の菊茶を飲む。彼の国では、菊の花を煎じて飲む習慣があるらしく、面白いものだと思いながら、レッド・ガーランドの抑制的かつ端正なピアノの演奏に耳を澄ましていたら、まあ生きていても悪くないね、という気分になるもので、まったくお茶と音楽というのは偉大なものだと改めて思った次第。

しかし師走に入り、一段と冷え込んだり、暖かくなったりと、まったく気忙しいものである。とはいえわたしは自宅療養の身であるから、世間の動静にはとんと疎くなり、まあ、それでも世界は、地球は相変わらず回っているし、クラークの『幼年期の終わり』のように人類を超えた知的生命体が地球に飛来したという話も聞かないし、愛と憎しみとその中間くらいのあいまいな感情で先進国では労働者は生活に疲れており、アフリカではどんどん産まれる赤子が片っ端から死んでいっているのだなあ、と思う。何も変わらないと思うのは、家にこもっているわたしの心だけで、いわゆる客観時間があらゆる物事を少しずつ、しかし確実に変えていっているということはわたしも実は知っているが、今ひとつ実感に乏しいのはやはり毎日、幼児のように寝て暮らしているからだと思わざるを得ないきょうこの頃である。

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マネージャー「ねえ、みんな聞いて! わたし、きのう、ピーター・ドラッガーって人の『マネジメント』っていう本を見つけて、読んでみたの! とっても難しかったけど、部活のチームワークをよくする方法がいっぱい書いてあって、もし頑張れば、もしかしたら、甲子園にいけるかもしれない! みんな、この本を使って一緒に甲子園を目指そうよ!」

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2007年の7月下旬から11月初頭まで、途中下山した4日間をのぞいて山で過ごした。
仕事内容は客食、掃除、小屋受付など。気温は真夏の日中でも20℃台、夜は氷点下になることもあり、8月にも関わらず霜焼けになった。10月に入ると沢から引っ張ってくるホースの水が凍結しはじめる。雪も降って時たま積もった。電力供給は自家発電のみ。お湯は火で沸かすしかなく、風呂は週に1度。それでも3日位放っておくと頭が痒くなってくるので、「水のいらないシャンプー」を頭皮にもみこみ冷水をぶっかけてごまかした。電気をつける(発電する)のは朝夕の食事の時間帯だけだが客の入らない日はまったくつけない。大体そんな日は台風などの悪天候で誰も登山なんかしないような日なので、失業したスタッフは暗闇の屋内に引きこもる。以上が端折りに端折った小屋生活の概観である。


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  開始の合図として書かれるメモ:



「多くの写真は、最上のセザンヌよりも美しい」
(『ゲルハルト・リヒター 写真論/絵画論』 訳:清水 穣 淡交社)
 


◆ 「ATLAS」とは、ゼウスに敗れた後に天を支える罰を与えられたギリシア神話の巨人であり、16世紀にメルカトルが表紙として用いて以後は、「地図帳」の別名ともなった。高齢化の進む日本のゲームおたくならば「信じたものだけが世界の真実となっていく」仕組みの、大航海時代を扱ったシミュレーションゲームを思い起こすだろう。
そして、「現代美術」という、西欧世界の奇っ怪な知的営みの最果てに関心がある人たちには、「巨匠」リヒターの風変わりな「代表作」として、あまりに有名だ。

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2011年10月15日

6時半起床。わたしと妻の結婚式なので、結婚式をした。神前式は明治時代に生まれたもので歴史が浅いが、神主の祝詞奏上もこれは仏教の影響を受けて生まれたもので、やっぱり発声の仕方も僧侶に似てるな~などと思いつつ、三三九度+ショウとヒチリキのアンサンブルにてしばしトランシーな良い具合になった。披露宴は極めてシステマティックに無事進行したが、魂は虚ろだった。現在の結婚式はあまりにも形骸化し過ぎており、産業化の度合いが甚だしい…などと陳腐に憤る気力も無かったが、このような仕組みで満面の笑みを浮かべられているご老体や朋友も散見されたので、結局やって良かったという結論に至り、まあしかしくたびれた、休職している身には。


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 一方で、誰かを認識することは受動的なことだ。これは不可避だ。求めに応じて、記憶の道筋にある、彼女について知っていること、先行する出会いの数々、エピソードなどを外に出してこれるのは、彼女や彼が名前をもっており、現前する個人(またはイメージや写真)と名前と感じられたもやもやしたもの、それらの混合物の周辺が一種ざわめいているからだ。感情的émotifなショックには認識がないことはないように見える。そのショックは私たちの物事の知性や意志に先行しているだけだ。うまくいっていればどんな場合でも、顔認識能力は一時的慢性的障害に陥ることはない(《顔貌失認prosopagnosie》は今日存在している神経科学や人工知能の多くの研究のうちの一つで、現象の情報処理モデルの構築の可能性から刺激を受けている)。あたかも、私達の人間性が、特に子供の頃に基礎をもっていて、出生後のしばらく、それが自分に向けられた微笑みに微笑みで応えているかのようだ。《微笑みで認めよ》(ウェルギリウスが「微笑ミデ認メナサイcognoscre risu」と言っていたように)。そしてそこで、はじめは奇跡的であると同時に幻想的に現われるものをもとにして、その発達の輪郭の基礎が形作られる。

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2011年10月2日

先日、わたしは自宅で酩酊して、「わたしは仏陀よりキリストより偉い」と口走った挙句、トイレの便器で嘔吐。妻によれば「ぼくが神なんだ。この世界はぼくのもののはずなんだよ。なのに何もかもうまく行かないんだ」とも言っていたらしく、さすがに寛容な妻も閉口したという。もちろん酔いが覚めたあとは妻に謝った。

昨日、精神科に行ったところ、主治医に開口一番「調子悪そうですね~」と言われ、会社に行けないことなど話をしたところ、薬の種類が変わり、経過観察しながら、休職も検討しましょうという話になった。一安心というか不安が増したというか複雑な心境だが、何もかもしたくないし、あまり死にたくはないのだが、とにかく寝ているのが唯一の楽しみで、我ながら頭がだいぶおかしくなってしまっていることは分かっているので、三年前、主治医に言われたことを思い出した。

「最終的には薬は止められると思います。ただ長い闘いになりますよ」。

全くその通りだ。人生の酷薄さを噛みしめざるを得ないが、やがてやや朗らかに暮らせる日も来るであろうと自らに言い聞かせて、前へ前へと進まざるを得ないのだ。ああ、なんと憐れで安っぽいヒロイズム無しに、わたしは生きられないのだろう。本当に憂鬱になる(鬱状態とは別な意味で)。もはや笑うしかない。

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