ボクシングジムについて②
 

前回ジム制度について説明した内容には、必ずしも正しいとは言えない記述がある。それは、ジム制度を「プロモーターやマネージャーなどを丸抱えし、プロボクサーの全権を握るジム経営のシステムの事である」と説明した箇所になるが、実はボクシングジムはその全てがプロモーターを抱えているわけではない。この事はJBC(日本ボクシングコミッション)のHPにある事業報告書を確認すれば一目瞭然である。この報告によると、2011年度に発給されたライセンスの数量はクラブオーナー276に対し、プロモーターは93しかない(マネージャーは384)。つまり、ボクシングジムの約三分の二にはお抱えのプロモーターがいない状態という事になり、ジム制度の説明として「丸抱え」という表現は必ずしも正しいとは言えないだろう。それにも関わらず訂正しなかった理由は、ジム制度をボクサーの視点から見るならば、「プロボクサーの全権を握るジム経営のシステム」という記述は間違いだとは思わないし、それには試合に出場する権利も含まれるからだ(つまり、興業のプロモートをしないジムも、選手のプロモート権限は持つわけだ)。

前回、「次回はボクシングジムへの同情的な視点を以て制度を見たい」と述べた。前回はボクサーからの搾取など不遇の例を紹介したが、ボクシングジムだって殆どが儲からない。

今回の議論の出発点は、「ジム制度の現状は、多くのボクシングジムにとっても負担の大きなものなのではないか?」という疑問である。

 

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 つい今しがた目が覚めたが、昨日からほぼ、ぶっ通しで20時間以上は眠り続けていた。むろん20時間以上も眠り続ける身体上の必要があったわけではない。あえていえば、眠り続けたいという心理的な理由によるのだろうか。だから人間が必要とする睡眠時間を除けば、残りは単に惰性で眠り続けた惰眠ということになるかもしれない。
 私は子供の頃から趣味は睡眠と思うくらい眠ることが好きだった。理由は、この現実は偽りであり、いずれ、そのことは明らかとなるだろうという漠然とした思いだった。この思いは、後に読むことになった埴谷雄高の『死霊』の言葉を借りていえば、私なりの「自動律の不快」によるものだった。つまり、子供の私は、私が私であることが不思議であり、理由が分からず、それは何なのかといつも思っていた。そのため、しばしば、意識が脳裏の中で遠くに退き、言葉を紡ぐ感覚が崩壊したようになり、自分がいる今の現実がガラガラと崩れ、ほんの一瞬だが記憶喪失のような状態になることがあった。そしていずれ私は、あるいは私という意識は、この私ではなく、現時点では誰かとしか言い得ない誰かと一体になるだろうと朧気に考えていた。

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 何故このコントはおかしいのか。一つの説明として、語り下手という人物定型を設楽統という芸人が見事に表現しているからだといえるだろう。語り下手、つまりは、物語を時系列順に並べることができないということ、結末(オチ)を先取りしてその未来との連関で初めて意味をもつ布石(フリ)を置くことを忘れてしまうということ、話の筋が細かい枝葉に拡散し収拾がつかなくなること、話のテンポが単調で場面場面での転調の技術をもっていないということ。

 確かに、私たちの日常生活においてこのような性格を備えた人物に出会い、そしてそのコミュニケーションに齟齬を感じることはしばしばある。その戯画化として、一応「怖い話」を分析することはできる筈だ。

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【幸福否定の研究とは?】


勉強するために机に向かおうとすると、掃除などの他の事をしたくなったり、
娯楽に耽りたくなる。

自分の進歩に関係する事は、実行することが難しく、“時間潰し”は何時間でも苦もなくできてしまう。自らを“幸福にしよう”、"進歩、成長させよう”と思う反面、“幸福”や“進歩”から遠ざける行
動をとってしまう、人間の心のしくみに関する研究の紹介。



~不思議な患者さんたち~

私が最初に修業に入った東洋医学系の治療院は、院長先生が気功もやるということで、
半分以上が癌の患者さんでした。

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今回は【言葉の常備薬】呉智英/双葉文庫 からのお話。


ぼくは子供のころから、父親に「”食う”のは動物、”食べる”のは人間」だと教えられてきた。


それでぼく自身は周りがいくら「食う」と言っていても、意識して「食べる」と言うようにしてきたつもりである。でも、実際のところ、食うって表現をする人はあまりにも多い。最近の傾向なのかどうかわからないが、女の子でさえも「食ってみて」なんて言っていたりする。


食うという表現に接するたび、ぼくは、別にどうってことない反面、どこか気持ちのよくないしこりを感じ続けてきた。

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En-Sophという文化一般に一家言ある人々が集まる場を利用して、新譜のクロスレビューというものを行ってみました。題材は、ミュージックマガジン撤退も話題になった菊地成孔氏率いるDCPRG「Second report from Iron mountain USA」
藤沢某所にある細谷邸にて、家主が振る舞う料理に舌鼓を打ちつつ、さまざまな音楽的バックグラウンドを持つ5人が集まり、忌憚のない意見を交わし合いました。これはその第1回です。このある意味「問題作」と言える音楽を5人がどのように聴いたのか、その視点の違いをお楽しみ下さい。
(企画・編集:細谷滝音)

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※ このエントリは、昨年12月3日のはてなダイアリーで公開した「Unter Kontrolle」のレビューに若干の加筆を施したものです。テキスト内の日付、時事情勢などは当時のままになっています。



『アンダー・コントロール』公式サイト

「見よ、原子炉の壮大な美しさ!」
「これは反原発サン、怒るわけだ」


◆ 渋谷から宮益坂を上って、少し歩いたところにある狭い映画館の一階、壁に貼りつけられた週刊誌のレビューが、冒頭でそんなふうに茶化していた。

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S氏と/下






「ミンガス」
「ええ、ミンガスです」Sさんが言う。
「たしか苦手じゃなかったでしたっけ?」
「以前はそうでした。でも、最近は悪くないなと思いはじめて。この曲も実にいい」
僕とSさんは、ふたりともジン・トニックを飲んでいる。
未だにバーに入ると一杯目はジン・トニック率がどうしても高い。
なんか学生の頃から全然成長していないみたいだ。
Sさんもそうなのだろうか。
そんなことをためしに尋ねてみると、「そうですかね」とSさんはやたら泰然としている。

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