10月16日(日)、GACCOH(京都市左京区吉田泉殿町63-17)で催された、NPO法人京都アカデメイア主催のトークイベント「大学の外で研究者として生きていくことは可能か? ~在野研究者のススメ~」に登壇してきた。
 
 当日は、30名以上のお客さんが入ったようで、様々な分野からの意見交換も捗り、盛況のイベントになったように思う。改めて感謝する。

 私の講演(45分)で配布した資料を以下載せておく。
 

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【SBS】新宿文藝シンジケート読書会、第65回概要
 
1.日時:2016年7月23日(土)18時〜20時
2.場所:マイスペース新宿区役所横店2号室
3.テーマ:テクタイル『触楽入門』を読む。
4.概説:荒木優太【テクタイル『触楽入門』に触れる。】
 ⇒https://drive.google.com/file/d/0B5Z85xuBi5K3LWo3N3lNa2szUnc/view?usp=sharing
 5.備考:FBイベントページ

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(本文、デジタル画像編集、構成/東間 嶺、以下すべて同じ)

伝言


朝になりヤク飼いの家にジャムソーがやってきた時には、悪寒と発熱で身動きできなかった。

6時半出発なんて、到底無理だった。
発作的な高熱がおさまるのに、2時間くらいかかるんじゃないかと思った。

ここから終点のガサまで、まだ3.5日分の道程が残っていた。

ガサまで行かないと、自動車の通れる道はない。トレッキングを中断して車で移動する、という選択肢はないのだ。状況によっては予定通りに帰国できないかもしれない。

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【SBS】新宿文藝シンジケート読書会、第64回概要
 
1.日時:2016年6月25日(土)18時〜20時
2.場所:マイスペース新宿区役所横店7号室
3.テーマ:ニコラス・G・カー『ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること』(2010年、青土社)を読む。
4.概説:新宅睦仁【ネットでバカにならないために、あるいはための。】
 ⇒https://drive.google.com/file/d/0B5Z85xuBi5K3Q1ZXMXZ3d2k3MmM/view?usp=sharing
 5.備考:FBイベントページ

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【SBS】新宿文藝シンジケート読書会、第63回概要
 
1.日時:2016年5月28日(土)18時〜20時
2.場所:マイスペース新宿区役所横店1号室
3.テーマ:高木仁三郎『巨大事故の時代』(弘文堂、1989)を読む
4.概説:東間嶺【巨大テクノロジーは〈死の文化〉か?CP(=Catastrophic potential)と社会の『選択』】
https://drive.google.com/file/d/0B5Z85xuBi5K3ak4xWTFXRGlVWXM/view
5.備考:FBイベントページ
https://www.facebook.com/events/1755360661342812/

 

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 先日、「あいちトリエンナーレ2016」の3会場(名古屋、岡崎、豊橋)を12日の小旅行で巡った。豊橋会場の小林耕平、岡崎会場のハッサン・ハーン、名古屋・長者町会場の今村文など、印象に残った展示はいくつかあったが、ここでは豊橋会場の水上ビルで見たラウラ・リマの《フーガ》について雑感を記しておきたい。


 水上ビルとは豊橋駅付近から約800mに渡り複数の建物が軒並み連ねる古いアーケード商店街のこと。ラウラ・リマの《フーガ》は、この商店街の中にある4階建ての狭小ビルを使ったインスタレーションで、100羽もの小鳥が建物中に放し飼いにされている。訪れた人はこの「小鳥屋敷」を探索することが出来るのだが、もちろん小鳥に触ったり無闇に近づいたりする行為は禁止だ。小鳥たちを驚かさないように、金網を張り巡らした入口から二重のドアを経て室内に入ると、さっそく桜色のくちばしを持つ愛らしいブンチョウがつがいで迎え出てくれた。

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I-Ⅲより続く


IーⅣ

《記憶 mnemosyne》についてたちかえりたい。まず、思考の内部での表象作用である《記憶》というものを眺めてみる時に、記憶を司っている傾向性である《想起 anamnèses》の在りようを初めに考えていきたい。…つまり、なぜ想起とは可能になりうるのだろうか。もっともシンプルな説明であると思えるのは、その時々の必要性に応じた意識下の、前ー言語的な記憶が、無意識と意識の連関によってひきあげられるためである。また、もうひとつすぐに思いうかぶのは、視るひとが視られる対象をまなざすときに、その対象へと関心が集まる現象学で呼称する《志向性》に、《想起》が表裏一体となり連動しているのではないかということである。ひとの認識はたとえば視覚においていうなれば、ゲシュタルトで説明されうるように、意味づけられること≒既知の事象のふちどりが浮き上がり輪郭をもって識別されうることに他ならない。

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