さて、こちらではご無沙汰ですね。

 枕として最初にどうでもいい話を。

 なんというか、二年くらい前からFacebookを始めてしまい、微妙な長さの書きたい欲はすべて向う側に吸収されている感があります。こうなると、いよいよ、En-Sophのようなブログ形式のウェブサイトの存在理由が不透明になっていくような。

 逆にいうと、ウェブで執筆を志すなら、余りFBなどやるものではありませんね。Twitterと違い、文字制限がないから、それなりに書くと満足してしまうのですよね。 でも、アソコって検索がポンコツだからほとんど公共性ないんですよね。

 ああいう場に入り浸るのも考えものです。

 さて、では本題。 
 

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出発前日に泊まったホテルから見える、首都ティンプーのメモリアルチョルテン。
(本文、デジタル画像編集、構成/東間 嶺、以下すべて同じ)

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本当は、ピックアップを運転するギレが夜のうちにここガサへ到着する予定になっていた。ところが土砂崩れで道路が不通になってしまい、かわいそうに車中泊しなければならなかったようだ。翌朝になっても道路が開通したのかどうかわからなかったが、昨夜食事をしにきていた若者が運転する大きなトラックに乗せてもらい、出発することになった。

昨晩、マイラは馬を連れてパロに戻る、と聞いていたけれど、出発するトラックにはマイラと9頭の馬たちも乗っていた。ジャムソーによると、馬と一緒にパロまでトラックで帰れるようにしたのだという。詳しくは聞かなかったけれど、ジャムソーがネテンに、パロへのトラック輸送の費用を出すように交渉したのではないかと私は思う。オペレーターが個人的な知り合いだとそういうこともできるかもしれない。ガサからパロまで車でも丸一日かかる距離だ。トレッキングルートとは違う歩きやすい道があるのだろうけど、馬を連れて歩いて帰るんじゃ大変だ。ネテンの取り分は減ってしまうのかもしれないが、良かったなと思った。

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イラスト:寺田めぐみ(公式ウェブサイト:Megumi Terada Illustration

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(写真撮影=山口倫太郎、デジタル画像編集=東間 嶺。以下全て同じ)



熊本滞在最終日---2016/5/23

 正式には『水前寺 "公園" 』ではなく、『水前寺 "成趣園" 』と呼ぶのだそうだ。
 熊本に向かう数日前、あるテレビ報道で〈奇跡〉という言葉が添えられたこの公園の名を目にした。

 地震はこの公園にも多大な影響を及ぼした。
 公園の見物の一つとして豊かに水を湛えた広大な池があるのだが、地震後に起こった水位の低下で底が殆ど露出してしまい、営業は休止に追い込まれた。
 しかしそれからほどなくして、理由も分からぬままに自然と池の水が戻り始めたという。原因は不明ながらも、県はすぐさま無料での営業再開を決めた。
 
 水が戻ってきた事を奇跡と捉え 、震災で意気消沈している人々を元気づけようという事なのだろう。僕には、それは中々良い発想に思えた。 

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 その印象のせいか、朝目覚めた時には、最後の一日は水前寺公園で過ごす事に決まっていた。ゆっくりと朝を過ごしてからサウナをチェックアウトし、近くのバス停から水前寺公園前まで向かう。バスから降り、無料開放の看板を確認すると、躊躇うことなく裏口から入園した(というか、ぐるぐる回っていたらいつの間にか裏口まで来ていた)。 

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画像出典:Wikipedia(Dada, an iconic character from the Ultra Series. His design draws inspiration from the art movement.)

まえがき

2016年はスイス・チューリヒ市でダダ運動が始まり、100年目の年である。このことから、スイス国内外でもダダをめぐる様々な催しが開かれ、それはわが国も―とくに東京が―例外ではなかった。しかし、100周年を記念するダダについての様々な催しに浮き足立ったり、スイス大使館が主催するダダ作品のコンペティションに嬉々として参加することは、ダダについていまあらためて考えることとは関係がない。なぜならアニバーサリーやコンペなどはダダの精神からは最も遠いものだからだ。というわけで、このように感じている者がこの100年目に、ダダとは何なのか3つの視点から考えてみよう。

以下で提示される3つの視点は、3つの年(1916、17、18年)にそれぞれ結びついている。第一次大戦下の中立都市で生じたダダの本質的な部分は、この3年間にはっきりと姿を表している。

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筆者近影(証明写真)


 もう30を超えてくると人生についての可能性や選択肢も現実的なものとなってくるが、たとえばあなたがまだ10代であるのなら、何を目指すのか、色々な中から決めないといけない。
 そんな若者について、およそ2通りの選択肢があると思う。夢を追う人生を選ぶか、生活のために生きる人生を取るか。あるいはこう言い換えてもいい。
 
 ウィキペディアに立項される人生を目指すのか、ウィキペディアに立項されない人生を送るのか。

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(本文、デジタル画像編集、構成/東間 嶺、以下すべて同じ)

最終日の朝


朝。

雨は上がったけれど、霧が深い。

交易所の建物の外に大きな流しがあり、ホースからいつも水が出ていた。きっと山の水をそのまま引いているのだろう。そこで顔を洗った。深い森の中に送電線の鉄塔が立っているのが見えた。

きょうはトレッキングの最終日だった。朝食をすませて、9時過ぎにコイナを出発する。待っていた荷物が到着しなかったのか、昨日話をした男性がまだ滞在していて、私たちを見送ってくれた。

「Be stroing, be heatlhy」


と彼は言った。それは単なる挨拶などではなく、文字通りの意味だった。病気になってから、それをずっと実感させられている。ここでは、強く健康でなければ生きていけない。

でも、私は強くなければ健康でもなかった。思わず考え込んだ。

こんなことで、生きていけるのだろうか?

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