仕事を終え、帰る馬たち。ジョモラリキャンプへ向かうトレイルで。

【旅の終わり】ブータンについて---38から続く
(本文、デジタル画像編集、構成/東間 嶺、以下すべて同じ)

再びの帰宅後に


バンコクに一泊して翌日は台北行きのフライトに乗り、台北で乗り換えてロサンゼルスへ向かった。フライトは長く、体力の落ちた身体にはきつかった。火曜日の深夜、予定通り帰宅した。

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 人はなぜ歌うのか。人は歌によって、どこに赴こうとするのか。


 木村敏は有名な「あいだ」の概念を説明する際、しばしば合奏の例を用いた[註1]。木村によると、理想的な合奏が成立するためには、音が合うということより以前に、まず「間」が合わなければならない。「間が合う」とは、演奏者一人ひとりの「内部」で鳴っている音楽が、同時に他の演奏者との「あいだ」の場所=「虚の空間」でも鳴っているような事態である。では、複数の演奏者が楽器音のタイミング(間)をピタリと合わせられるのはなぜか。相手が奏でた音を聴いてから自分の音を発するのでは、わずかとはいえどうしても遅れが生じてしまう。

 木村の考えはこうだ。演奏者はこれから演奏する音や休止を予期的に先取りし、そこに演奏行為を合わせていくことで周囲と音楽を成立させているのではないか。われわれが経験するのはいつも、すでに演奏された音楽の知覚もしくは記憶であるか、これから演奏する音楽の予期のどちらかである。つまり、タイミング(間)を合わせるために演奏者が意識を集中させるのは、自分の頭の中で鳴っている仮想的な旋律なのだ。


 表出された音ではなく、いまだ実現していない音に照準を合わすという考えは面白い。「理想的な合奏」という全体像に同期するために、個々の演奏者はおのれの内部へと意識を閉ざす必要があった。これは、楽器演奏だけでなく合唱の場にも当てはまることかもしれない。調和に向けて「個」と「全体」が溶け合い、演奏者(歌い手)の意識と身体が開きつつ閉じるような状態。矛盾に思える様態も具体例に即して考えれば腑に落ちるときがある。私が木村の合奏論から思い出したのは、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミュラーによるサウンド・インスタレーション作品40声のモテット》2001)だった。


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これはJohn Rawls, Political Liberalism, Columbia University Press, 1993, pp22-28の翻訳である。

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【SBS】新宿文藝シンジケート読書会、第69回概要
 
1.日時:2016年11月26日(土)18時〜20時
2.場所:マイスペース新宿区役所横店1号室
3.テーマ:塚原史『ダダ・シュルレアリスムの時代』(ちくま学芸文庫、2003)を読む。
4.概説:さえきかずひこ『2016年の今、ダダとは何なのか。』
https://drive.google.com/file/d/0B5Z85xuBi5K3X3BjU1VnRWZiQUE/view?pageId=109661363927442511422
5.備考:FBイベントページ
https://www.facebook.com/events/641194676041064/


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 さて、こちらではご無沙汰ですね。

 枕として最初にどうでもいい話を。

 なんというか、二年くらい前からFacebookを始めてしまい、微妙な長さの書きたい欲はすべて向う側に吸収されている感があります。こうなると、いよいよ、En-Sophのようなブログ形式のウェブサイトの存在理由が不透明になっていくような。

 逆にいうと、ウェブで執筆を志すなら、余りFBなどやるものではありませんね。Twitterと違い、文字制限がないから、それなりに書くと満足してしまうのですよね。 でも、アソコって検索がポンコツだからほとんど公共性ないんですよね。

 ああいう場に入り浸るのも考えものです。

 さて、では本題。 
 

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208-Edit-Edit
出発前日に泊まったホテルから見える、首都ティンプーのメモリアルチョルテン。
(本文、デジタル画像編集、構成/東間 嶺、以下すべて同じ)

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本当は、ピックアップを運転するギレが夜のうちにここガサへ到着する予定になっていた。ところが土砂崩れで道路が不通になってしまい、かわいそうに車中泊しなければならなかったようだ。翌朝になっても道路が開通したのかどうかわからなかったが、昨夜食事をしにきていた若者が運転する大きなトラックに乗せてもらい、出発することになった。

昨晩、マイラは馬を連れてパロに戻る、と聞いていたけれど、出発するトラックにはマイラと9頭の馬たちも乗っていた。ジャムソーによると、馬と一緒にパロまでトラックで帰れるようにしたのだという。詳しくは聞かなかったけれど、ジャムソーがネテンに、パロへのトラック輸送の費用を出すように交渉したのではないかと私は思う。オペレーターが個人的な知り合いだとそういうこともできるかもしれない。ガサからパロまで車でも丸一日かかる距離だ。トレッキングルートとは違う歩きやすい道があるのだろうけど、馬を連れて歩いて帰るんじゃ大変だ。ネテンの取り分は減ってしまうのかもしれないが、良かったなと思った。

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