きょうのてらださん(ハロウィンとお葬式))より続く。

スカートとファスナーと日本刀と文化祭

(ある日のこと)m岡さん(男性)がスカートはいて来た。

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---『回花歌』梗概---
舞台は2000年代、とある大陸の西方にある街。"私"と家族は牛肉麺屋を営んでいる。街は、かつて核実験が行なわれていた土地のすぐ近くにあり、その影響を暗に示すような出来事が、家族の周囲ではいろいろと起きている。しかし、"私"と家族を含め、街の人々は核や原子力に対する正しい知識や情報を持たず、故に恐れを抱くこともない。彼らは宗教と自身の信仰心を大事にし、家族や親族、友達を大事にして生きている。「何かがおかしい」と感じられるような状況下でも、人々の生活は変わらずに続いてゆく。『回花歌』は、そんな物語である。
 

7---"女性の生き方"より続く)

8--- "きのこ雲"


店に戻ると家族や叔父夫婦のほかに客人もいて、新種の薬草の話で盛り上がっていた。彼らは、今回協力して薬草を摘みに行く牛肉麺屋や肉屋の人たちらしかった。テーブルの上や周りには、食べた後に残された、西瓜や向日葵の種殻が散乱していた。私は翌朝、それらを綺麗に掃除しなければならないことを、ひどく面倒に思った。

なんとなく喉が渇き、私はヤカンから茎茶を湯のみに注いで、一気に飲み干した。店を見渡すと、みんなが座っているテーブルから少し離れたところに、ライヒが小さく座っていた。話の輪に加わるわけでもなく、みんなの話も聞いているのかいないのか、とにかくぼんやりとしていた。私は彼の隣に座り、小さなため息をついた。

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きょうのてらださん(飲んだり食べたり---②))より続く。

ハロウィンのあれこれとお葬式

(時事ネタ)ハッピーハロウィーン

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2016年の8月にこのエントリで、作家志望卒業宣言をした。今回はその後について書いてみたい。

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田代一倫『ウルルンド』(発行:KULA、2017年)


あわいに漂う写真

 9月に刊行された田代一倫の写真集『ウルルンド』(KULA、2017年)を折に触れては眺めている。「ウルルンド」とは竹島/独島の近くに浮かぶ韓国の離島。ハングルで「울릉도」、漢字名で「鬱陵島」と書く。
 田代は今年の2月と5月にこの小さな島を訪れ、数日間の滞在中に出会った現地の人々を撮影した。前作の写真集『はまゆりの頃に 三陸、福島 2011~2013年』(里山社、2013年)が2年間に撮影期間が及ぶ長期のシリーズで、453点もの肖像写真を収録した大作だったことを思えば、「ウルルンド」をめぐる2つの取材旅行はごくささやかな規模である。B5変形72頁の小冊子という体裁をとった本書は、旅のささやかさを仕様においても体現していると言えよう。

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1:レポート

SARAJEVO NOW/さらえぼNOW』より続く

ローカルの「麺」が無い? 

■ ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボに滞在して2日目、「おかしいな」と思い始めた。そういえば、レストランや食堂で『麺』を使った地元の料理を全く見ない。パスタの店はある。試しにアラビアータを注文して食べた。しかし、日本のそれと変わったところのないアラビアータだった。イタリア料理の域を出たものではなかった。

■ 私が「ボスニアにも当然『麺』料理はあるだろう」と考えたのには、次の理由がある。


  1. 「麺」はシルクロードを伝って普及したはずだ。
  2. シルクロードは中国の西安とローマを結ぶ貿易路。バルカン半島もシルクロードと無関係ではないだろう。
  3. ボスニアはオスマントルコに支配されていた歴史がある(15C後半-19C後半)。その時代に東方の「麺」文化が流入した可能性があるのではないか。


■ ということから、中国の牛肉麺や中央アジアのラグマンのような料理が、当然ボスニアにあるだろうと考えた。また、ボスニアにはイスラム教徒が多い。そのため、『麺』を使ったハラ-ル料理が食べられるのではないかとワクワクしていた。しかし、実際に私が行った食堂では見なかったし、いくつか路上に置かれていた食堂のメニュー表の中にも、ローカルの『麺』料理を見つけることはできなかった。

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きょうのてらださん---バイト編改め、喫茶バイトの日々②)より続く。

きょうも明日も→飲んだり食べたりダイエット

食べたくて食べたくてもだえる。

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