ゴジラが鎌倉海岸から日本に再上陸した。
 その姿があまりに神々しく見え、ぼくは劇場でボロボロと泣いた。 

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 (C)2016 TOHO CO.,LTD.


【途絶えることのない「ゴジラ」シリーズ】

 庵野秀明監督の話題作「シン・ゴジラ」は、はっきりいってしまえば、諦めの映画である。もっといえば、祭りのあとですらある。それは庵野監督自身が一番知っているに違いない。
 庵野作品をほぼ観ていない私は、庵野監督の手法をどうこう語れる立場にない。しかしながら、初代「ゴジラ」を観れば、「シン・ゴジラ」がそれのオマージュとなっていることは明らかだろう。後者においても、ゴジラは凍結されたまま、死ぬことなく映画は終わる。歴代の「ゴジラ」においても、ゴジラは決して途絶えることがなかった。それが意味するものは何か。なぜ、ゴジラは続いてきたのか。映画「ゴジラ」シリーズを考えるとき、そこを素通りすることはできない。


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益城町のボランティア受付センター。株式会社井関の熊本製造所グラウンドにて
(撮影:山口倫太郎、デジタル補正:東間嶺。以下すべて同じ)


(無職を利用してボランティアに行ってきた-から続く)

益城町―2016/5/19

 夕食の後、車で駅近くのサウナまで送って貰ってから友人と別れた。
 
 サウナは価格と中心地に近いという利便性の面から、宿泊先として予め目星を付けていた所だ。電話では、「ボランティアの方は半額」と聞いていたが、いざ到着するとボランティア参加前には適用されないという。事前にボランティア保険に加入している事もあり、何となく釈然としない感じがした。福岡から電話した際に説明があれば何の問題も感じなかったのだろうが。

 それに、このサウナのフロントは少々対応が良くないようにも思った。恐らくフロントの責任ある立場であろう痩せた黒縁眼鏡は――元々そういうタイプなのかもしれないが――笑顔どころか訝し気な表情で対応する。ボランティアを目の敵にしているというわけでも無いのだろうが、何かこちらが悪い事でもしているかのような気になってくる。
 それでも他を探すのは面倒だったので、そのまま泊まる事にした。
 

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著者近影(撮影:東間嶺)

「本郷さんの病名は、精神分裂病です」
 
 ノストラダムスの大予言が当たっていたならば、空から恐怖の大王が降りてきて世界が終わったはずの1999年7月、僕は精神科医に自分の病名を告げられた。その告知を聞いた僕は特に絶望することもなく、「ああ、やっぱり」と聞き流した。

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 きっと高校1年生の時からだ。
「何者でもない自分」に耐えられなくなったのは。

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チェビサの村

【リンジのキャンプ地へ】ブータンについて---31から続く
(本文、デジタル画像編集、構成/東間 嶺、以下すべて同じ)


毛糸の帽子


リンジのキャンプ地には、私たちを追い抜いていったトレッカーたちのグループがいると思ったのだが、着いてみると姿が見えなかった。リンジから南へ向かい首都ティンプーを目指す彼らは、別の地区でキャンプをするのだとジャムソーが教えてくれた。他方、私たちはこのままラヤまで東へ向かうことになる。


キャンプ地に到着したのは午後3時半くらいだった。ジャンゴタングを出発したのが朝7時半だからずいぶんかかってしまったけれど、何しろ途中の時間のつぶし方が半端ではなかった。そしてこの日の歩行距離は21キロ。峠越えの標高差が大きかっただけでなく、歩いた距離も長かったのだ。

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オウム真理教の精神史―ロマン主義・全体主義・原理主義

みなさまへ。新宿文藝シンジケート第66回会合を次の通り開催します。
ご参集のほど、よろしくお願いします。

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2016年5月1日、第二十二回文学フリマにて(撮影:東間 嶺)


 これから話すことは、とてもかっこ悪いことだし、ぶざまで恥ずかしいことだ。でも、僕のなかで書かないとやっていられない状況にあったから、書く。読んでくれる人が少しでもいたなら、僕は嬉しいだろう。

 小説家という意味での作家になりたいと思ったのは1999年の1月だった。その時に何があったのかと言えば、平野啓一郎氏が当時の史上最年少で芥川賞を取ったことで、彼がテレビに映って不機嫌な表情を浮かべる様子を見て、僕は作家になろうと決心した。

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